こだわりをカタチに。INDUSTRIALに命を吹き込んだ男。  樋口 英男

INDUSTRIAL Member Interviews

01こだわりをカタチに。INDUSTRIALに命を吹き込んだ男。

H.H.Design Laboratory

代表樋口 英男

Hideo Higuchi / chief executive officer

ワーカーアイテムに新しい価値を。
想像以上のモノ作りにこだわりを持ちたい。

H.H.Design Laboratory

大阪北部に位置する吹田市の住宅街。リペアショップ「Jimmy sun denim NY」は、街の一角でひときわ独特の雰囲気を醸し出している。ショップを営む樋口氏はその強烈な個性を武器に、様々なファッションアイテムのリペアやカスタムを通して、顧客のライフスタイルに新しい価値を提案し続けている。彼のインダストリアル事業にかける思いとは。

ニューヨークを彷彿とさせる店舗空間。
物作りをして、新たな世界観表現する。

今の日常業務は、洋服のリペアから、使わなくなった服をバッグにカスタマイズしたり、車の内装を手がけたりと幅広く対応しています。単に洋服の裾を直したり作り変えるのではなく、お客様のニーズを汲み取りながらアイテムの持つ個性を活かし、その先のライフスタイル全般に新たな価値が生まれるよう、モノ作りを通して提案しています。

店のコンセプトは、1950年代ニューヨークのファッションサロン。イギリスからニューヨークに渡った服飾職人が、ブルックリンでミシン一つでカスタマイズサロンを始め、トータルファッションの店としてマンハッタンまで上り詰めたといわれる話を聞いた事があって、自分もそのような腕一本で上り詰めるストーリーを歩みたいと思った事がきっかけです。このコンセプトのもと、仕事においては依頼されたお客様の予想を上回ることだけに常に意識しています。商品を見たお客様やその周りのリアクションで「なにそれ!」が産まれるよう、ひと針ひと針にこだわりを持って丁寧に商品と向き合っています。そのためにも、日々新しい技術や、デザインなどの情報にはアンテナを立て世界中のバイヤーやアパレルの関係者と情報交換しています。

初めてミシンに触れた中学生時代。
いならっちゃえ」という発想から一気にのめり込んだ

高校卒業後、靴や服の修理だけでなく、独立した時に自分の武器となるよう、単身アメリカに渡ったり金融やITなど他業界で働いたりと、職を変えながらもファッションに関わる職人としての信念と軸はぶれる事なく20年ほどかけじっくり修行してきました。そんな僕の転機は、ダイマツの松井さんと出会い。「ワーカーたちが自分を誇れるようにしたい。」この松井さんの言葉が、ちょうどその頃亡くなった鳶職の祖父に何もできなかった自分の思いにとても響いて、おじいちゃん孝行じゃないですが、自分のこれまで培った技術を活かしてワーカー業界に貢献しようと思いました。

もともとファッションって命がけでやる仕事ではなかったと思うんです。しかし、実際建築の作業現場などで使う服や、道具はすべて命に直結するアイテム。ダイマツさんや、職人さんからのオーダーには、徹底的に業界を調査して、これまで以上に道具のカスタムや作業服のリペアには妥協を許さない加工を施しています。今後も、インダストリアル事業を通して、松井さんや、インダストリアルに関わるお客様をいい意味で、裏切って「あっ!」と言わせたいですね。

転機となったワーカーズ業界との接点
新たな視点から生まれる価値創造を。

もともと、身体が弱くて家の中で過ごすことが多かった子どもで、祖母から「ミシンでも使ってみない?」と誘われたことが服に興味を持ち始めたきっかけです。ミシンを使って遊んでいたというか、使い込んで行く中で自然と技術を覚えていましたね。高校生になっても身体は小さくて、周りのおしゃれな人たちと仲良くなっても、もらう服は全てサイズが合わない。じゃぁ自分で作っちゃえという発想から、高校時代はもらった服はミシンで自分用に加工していました。また、当時は洋服と同じくらいスニーカーにはまっちゃって、バイトで貯めた金をほぼ全部スニーカーにつぎ込んでいたんです。しかも、買ったスニーカーを履いて万博一周5キロを走る独自の性能テストをやって、雑誌に書いてあることと一致しているか精査するという変わった趣味に没頭してました。(笑) その頃は、1ヶ月に一足をノルマにして、様々なスニーカーをテストしてはメーカーを批評していました。変なことばっかりして友達も少なかったですし、今考えるとかなり変わった高校時代ですよね(笑) でも、それくらい人と違った事をしないと東京やニューヨークで活躍するアパレル関係の人たちとやりあえないんじゃないかと高校生なりに考えていて、この頃に自分は服飾の世界で生きていきたいなとぼんやり考えるようになっていたんだと思います。

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